けれどそれは、自分の内側が健康であれば、の話である。その大前提がある。 花はいのちを与えてくれる太陽のほうへ向かって咲く。それと同じものが、私達の中に本能的に組み込まれている。自分にとって必要なもののほうへ動こうとする、自分の生命を輝かすものの方へ惹かれる。 それは私達の本来ある自然な姿であり、私達の生まれ持ったエネルギーだ。 これがどこかで何かをきっかけに不全になると、私達は自然に動くことができなくなる。何をやりたいのかわからない。今、何を食べたいのか、ぴったりしたものが思い浮かばない。そもそも今お腹が空いているのだろうか?それも今ひとつ感じられない。何かが欲しい、何かが足りない、だけどそれが何なのかわからず、色々なものを手に入れては、手に入れた瞬間から飽きていく。お金を出して何かを買う瞬間が一番わくわくする、なんてことがあったら、完全にその状態だ。慢性的な退屈。無感覚。足が地から浮いたような状態。「こんなことを自分はやりたい」「今度はこんなことをしてみようと思う」と周りに言っても、全ては何一つ取り組まれないまま立ち消えていく。ゴシップが好きになる。人のことをあれこれいいたくなって、誰かのことを批判しているときはえもいわれぬ気持ちよさを感じることができる。熱く興奮状態の時期が過ぎれば、自分を傷つけ、みじめにし、貶めるような関係になってしまうような相手にばかり惹かれる。必要以上に食べ過ぎる。本当に欲してはいないものでも、自動的に口に運んでしまう。必要以上に飲みすぎる。体に悪いと「わかっていてもやめられない」ものがある。 全ては、本能が鈍化した状態であり、不自然な状態である。 そんな状態で人は本を読む。人の話を聴く。「自分のやりたいことをやりなさい!」と。「思いは実現する!」と。「心の声に従いなさい」と。 本来の躍動を失った状態の心に耳を傾けたって、何が聴こえてくるというのだろう?? 心も体もゆがみが生じた状態で、その上あれこれ頭で考えるから、もうわけのわからないことになる。 全てはつながっている。 もし、欲しくも無いものを買ってしまう傾向があり、お腹が空いてもいないのに食べてしまう傾向があるなら、あなたが何かしようと思うほとんど全てのことは「心の穴を埋めるために」やることであり、「本当にやりたいこと」「あなたが輝くこと」とはまた別である。 自然な状態。それは、考えなくても体が動く状態である。本当にしたいこと、本当に食べたいもの、本当に行きたいところ、本当に好きな人のところへ。 自分の天職を知るために、本など読む必要があるだろうか。誰かの講演を聴く必要などないのだ。 あなたがもっとも輝く人生を送るためにすべきことはあなたの体と心が知っている。 それが出てくる道筋をもう一度キレイに掃除し、心も体も整えること。それがもっとも大事なことであり、最初の第一歩であると思う。 なんにせよ頭で考えてばかりという傾向が強い現代においては、自分に合った方法で体を整える、体から入っていく、というのは、とてもスムーズな入り口ではないかと思う。
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