誰も見てないっつーの。
確かにすごくキレイな人だとか、ずば抜けておかしな人だとかっていうのは、条件反射として目が行くけど、すれ違ってしまえばみんな忘れてる。でも多くの人が、自分が見られてることをすごく意識してる。いや、anan的な感じで言えば、もしくはどこかの「美容ジャーナリスト」だのから言えば、「その視線があなたを美しくする!」「そうして意識することがあなたを磨く!」なんてことになるかもしれない。でも基本的に、自分で思ってるほど、みんな見てくれてないの。だって、みんなも同じことを考えているんだから!まあ見ているとしても、自分とあなたを頭の中で比べているだけ。勝ったとか、負けたとか・・・・
誰も気にしてないっつーの。
人の目を気にしていろんなことができないとか、体裁が・・・とか、人にどうこう思われるとか、結構日常的にそういうものに縛られている人も多い。でも、誰もそんなにあなたのことばっかり考えてないですから!残念!ほめられれば嬉しいし、けなされればもちろん嫌な気分になる。だけどどんなことよりも非常に強力なパワーを放つのは自分自身の中にあるもの。これだと思ったら、たとえおかしくても、間違っててもやってみればいいのだ。反対されても、批判されてもやってみればいいのだ。もし後で間違いだったと気づいたのなら、もう繰り返さなければいいのだ。自分の中にあるものをそのまま肯定して受け止めることから来るパワーは半端ではないのだ。誰が褒めてくれるよりも、認めてくれるよりも、もっともっと長くて強い効力があるのである。だから陰口をたたかれよう!!!おかしな噂をたてられよう!!!・・・・・まあ、敢えてそっちに行くことも無いか。
そんなにちっさくないっつーの。
最近見つかったと新聞に載っていた銀河系。こんなに星があるんかい??というほどの数え切れない、色々な色の星が輝いていた。私達はそれを銀河、と呼び、もっと大きくは宇宙、と呼ぶ。でもとてつもなく大きな宇宙でさえ、その一つ一つの星の輝きがなければ光を失う。「私なんていてもいなくても一緒。もう消えてしまおう・・・」と、もし全ての星が思ったら、光が一つもなくなる。一つだけの星がそう思ったとしても、やっぱりそこからは一つの光が失われる。私たちもそんな存在だ。一つのおおきな光を生み出している、一つ一つの小さな光。光と光がふれあったら、そこに境界線はない。またそれが一つになる。どんなに曇り空でも、どんなに雨が降っていても、雲の上にはいつも、光を放つ数え切れない星が輝いている。
私達はたいてい、自意識だけが大きくなっているが、その根幹にある自己意識はとても弱く頼りない。自意識は常に他人を必要とするし、絶え間ない要求がある。見て欲しい、認めて欲しい、わかって欲しい、愛して欲しい・・・・。津波のように押し寄せる自らの要求に溺れそうにさえなる。それを「向上心だ」という人もいるだろう。だけどそんな風に向上してどこへ行く?それを動機に自らを扇動し、「向上」してもしても、そこには以前よりもおおきく、黒く空いた穴があることを認めざるをえないのではないだろうか?欲しいものが手に入れば幸せになると考えるのは普通だ。だけど、実際「欲しい」と思っているその状況が不幸を呼んでいるのではないのだろうか?絶え間なく欲しがり、手に入ってもそれを味わうことなく、またさらに欲しがり・・・をくりかえす餓鬼のように。
そもそも私達は光り輝く星なのだ。それなら、ひたすらにありのままに輝き、そしてそれを味わいつくすのが、幸せへの近道なのではないだろうか。 |